生き生きしている人がまぶしい 嫉妬との向き合い方
夢に向かって生き生きしている人を見ると、なぜか苦しくなる。
40代・50代になると、そんなことがあるかもしれません。
私は人と比べない
私自身は、妬みや嫉みという感覚を、あまり持っていません。人と自分を比べることに、関心がないのです。
他人がどうしているかより、自分が何をするかにしか目が向きません。
私が自分軸で動けているのは、比べる相手にそもそも興味がないからなのだと思います。このことに気づいたのは、実はこの記事を書くために話をしていたときでした。
リスペクトしかなかった
高校時代の友人たちが、趣味でバンドを組んでいます。私は練習を何度か見学させてもらっていたので、みんなが一生懸命練習していたのを知っていました。だから、リスペクトしかありませんでした。
そしてライブの日。練習の努力が、ライブという完成形で実を結ぶ瞬間に、私は純粋に感動しました。
自分たちが高校生のとき、文化祭でライブをやった記憶もよみがえってきました。しかもステージで演奏しているのは、当時のメンバーです。
心が突き動かされないわけがありません。俺もやりたい。そう思ったのが、52歳でベースを始めるきっかけになりました。
関連記事:52歳で初めてのベース 中古2万円未満で始めた新しい挑戦
まぶしさが嫉妬に変わるとき
ただ、誰もがそう受け取れるわけではないと思います。生き生きしている人の姿が、まぶしすぎて苦しくなる。
それが嫉妬に変わって、夢に向かう人からそっと距離を取ってしまう人もいます。
それは、おかしなことではありません。そんなときの向き合い方を、三つ考えてみます。
距離を取ってもいい
一つ目は、無理にそばに行かなくていい、ということです。
苦しくなる相手から少し距離を置くのも、自分を守る選択の一つだと私は思います。
物差しが外にあるサイン
二つ目は、嫉妬は、自分を測る物差しが外にあるサインかもしれない、ということです。
人と比べているから苦しくなる。物差しを自分の中に戻すことについては、以下の記事で書いています。
関連記事:他人軸をやめて自分軸で働く 外の評価を追わない生き方
やりたいことの手がかり
三つ目は、嫉妬は、自分が本当はやりたいことの手がかりかもしれない、ということです。
なぜその人がまぶしいのか。そこに、自分がやりたかったことが隠れていることがあります。見つけ方は、以下の記事で書いています。
