親・子・肩書という役割の終わり
私のミッドライフクライシスのきっかけは、父親業の終わりでした。ここでは、長く担ってきた役割が終わるということについて考えます。
深く長く関わった父親業
私には息子が二人います。今は専門学校生と高校生で、もう手を離れました。あとはお金がかかるくらいでもうすぐ親元から巣立っていきます。
私は在宅で仕事をしていたので、長男が生まれたときから育児に直接関わってきました。ミルクをあげ、おむつを替え、夜泣きにも付き合いました。夕飯もお風呂も毎日子どもたちと一緒でした。一般的な父親よりも深く長く、育児に携わってきたと思います。
息子たちの成長は嬉しいものです。それでも、ただただ寂しい。それが正直な気持ちでした。家族のために走ってきた日々に、区切りがつこうとしていたからです。
役割に自分を預けてきた
夫、父親、会社の肩書、そして両親から見た息子。40〜50代の多くの人はいくつもの役割を抱えています。
役割を果たそうとすると、どこかで自分を後回しにして、周りを優先する立ち回りになりがちです。それが長年続くと、いつの間にか自分を見失ってしまう。私はこれがミッドライフクライシスの根っこにあると考えています。
役割が終わると、その役割に預けてきた部分がぽっかりと空きます。そこで初めて、自分には何が残っているのかという問いに向き合うことになります。
空の巣症候群という言葉
調べたこと
子どもが巣立ったあとの親の喪失感や寂しさは、「空の巣症候群」と呼ばれることがあります(米国心理学会の心理学辞典、厚生労働省「こころの耳」)。病気の名前として定められたものではなく、呼び名として使われています。こころの耳は、精神医学的にはうつ状態のことが多いとも説明しています。
カナダの親316人を調べた研究では、空の巣症候群を経験したと答えた親は少数派でした(Mitchell と Lovegreen、2009年)。アメリカの女性を18年追った研究では、夫婦関係の満足度が上がっていました(Gorchoff ら、2008年)。役割を失うことで幸福度が下がる人もいれば、役割の負担から解放されて良くなる人もいる、という整理もあります(Hartanto ら、2024年)。
役割の終わりは、誰にとってもつらいものとは限りません。私の場合は寂しさと喪失感がありました。落ち込みが続くときの相談の目安は、以下の記事で書いています。
役割はすべて終わるわけではない
一方で役割がきれいに終わるわけでもありません。子どもにはまだお金がかかりますし、夫であることも老いていく両親の息子であることも続きます。
役割から解放されて自由になれる、という単純な話ではありません。まだいくつもの役割に縛られたまま、本来の自分に向き合わなければならない。そこにこの時期の難しさがあります。
続いていく役割の中でも、関わり方が変わることはあります。私は今ゲーム開発を始めていて、絵は長男に頼むつもりで、まだ頼んではいません。長男はイラストデザインを学んでいて、私は事業者として発注する形をとる予定です。親としての気持ちはそのままに、一人の大人として息子と接する機会が生まれた。そのことが楽しいのだと最近になって気づきました。ゲーム開発のことは以下の記事で書いています。
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役割のあとに残る自分
私の場合、喪失感から救ってくれたのは仕事でした。そのことは以下の記事で書いています。
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仕事に救われたのは、私の場合です。誰もが同じように救われるわけではありません。でも、役割のあとに残る自分に虚しさを感じるなら、それは「終わり」ではなく「スタートライン」だと私は考えています。何もないなら、今から探せばいい。その探し方は以下の記事から書いています。
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