出世も収入も色あせて見える 若い頃のゴールが虚しいとき
若い頃に目指していた収入や出世、成功。40〜50代になると、そのゴールの先が見えてきます。
見えてしまったゴールが色あせて見えることについて考えてみます。
先が見えると色あせる
収入はこのくらい、出世はここまで。この年代になると、若い頃に追いかけてきたものの行き着く先が、ある程度読めるようになります。
行き着く先が分かってしまうと、かつて輝いて見えたゴールが急に色の薄いものに見えてきます。
そして疑いや不安、喪失感がやってきて、心にぽっかり穴が空いたように感じることもあるでしょう。
午前の理想が逆転する
調べたこと
心理学者のユングは人生を一日の太陽にたとえました。太陽は正午に頂点に達し、そこから下降が始まります。
その下降は午前の価値や理想が逆転することだとしています。
そして、人生の後半を前半と同じ原則で生きようとするのは誤りだと述べています(国立国会図書館のレファレンス協同データベース)。
若い頃のゴールが色あせるのは、あなたがだめになったからではありません。人生の午後に入ったしるしなのかもしれません。
意味はもともとなかった
私は実存主義という考え方に支えられてきました。
私の理解では、人間には最初から決まった意味や目的はなく、自分の行動で意味を作っていく、という考え方です。
この見方に立つと、ゴールが色あせることにも別の意味が出てきます。ゴールそのものに、はじめから意味が備わっていたわけではありません。
色あせたのは、そのことに気づいたからだと考えることができます。
行き止まりのように感じるかもしれません。でも実存主義の見方では、ここが出発点になります。
色あせたあとに
私はミッドライフクライシスを、「終わり」ではなく「スタートライン」と考えています。若い頃のゴールが色あせて何もないように見えるなら、今から探せばいい。見つければいい。
意味を探すといっても、じっと考えて見つけるものではないと私は考えています。そのことは、以下の記事で書いています。
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また、私自身は外部の評価を追いかける働き方をしてきませんでした。色あせるものをそもそも持たないという道もあります。それについては、以下の記事で書いています。
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